日本経済「混沌」からの出発　　　中谷巌　　　　　日本経済新聞社　　　　

「商社の未来像」編集委員会主査であった著者とは、編集委員会で何度か討議を重ねた経験があるが、マクロ経済学者という肩書から想像する現実とは遊離した学者タイプとは違った、かなり実践タイプの学者であるとの印象を受けた。ハーバートのＰＨＤではあるが、社会人としての第一歩は民間会社から始めたという、著者の経歴が有効に作用しているのかもしれない。本書も経済学に基づく日本経済復興論ではあるが、基本は現実の日本の社会構造、経済構造に対する実践的提言であり、多くの現実的示唆は明快であり興味を引かれる。著者は戦後の日本の社会、経済の発展は日本型と言われる「秩序」を維持することで、しかも右肩上がりの発展の中で成し遂げられて来たことを指摘する。それは社会のあらゆる側面に表れる、産業界においても弱者を出さないかわりに、強者も抑える「町内会運動会」式の競争社会であり、大学教育においても、学生同志、教授同志に競争する事のインセンティブのない社会であったという。その秩序がグローバル化という「オリンピック型」競争社会に突入し、しかも右肩下がりの経済状況になれば維持しえないし、軋轢が出て来ることを指摘する。著者の提言はこの状況の中では日本は「秩序ある混沌」（Controlled Chaos）に突入すべきであり、その混沌の中から再生していくべきであるということだ。この事が、「厚生経済学の基本定理」すなわち、「効率をまず追求し、しかる後に公平を実現する。」ことの具現であると言う。確かに、この混沌の中からの再生という提言は、種々の日本の直面する構造問題の解決には演繹できる様に思われる。経済学者の提言としては、中々情熱のほとばしった日本再生論になっている。

（１９９８年６月発行）