笹川良一研究　　　　　　　　佐藤誠三郎　　　　　　　中央公論　　　　　　　

笹川良一は戦前には日本国粋党のオーナーであり、戦後はA級戦犯として巣鴨プリズンに入った。その後競艇のドンとして君臨し、テレビコマーシャルで「世界は一家人類は皆兄弟」の標語を喧伝していた。笹川良一には生前、何とも言えない威圧感と摩訶不思議さを感じたものだ。社会が抱いていたイメージは、常に「なんとなく胡散臭い」というものではなかっただろうか。政治学者佐藤誠三郎が記録、インタビューを丹念に掘り起こして、この笹川良一の実像に迫ったのが本書である。しかし、桁外れの人物であったからではあろうが、本書に述べられている笹川良一の実像と、巷間伝えられる彼の虚像との、余りの落差には驚かされる。笹川良一は戦前の右翼活動の時期から、その根本の思想は人類に対する博愛主義であった。日韓併合により皇民教育を施されながらも、差別を受けている半島出身者に対する彼の同情などは、極めてリベラルな思想に基づいている。戦争指導をしてその責任を問われた多くのA級戦犯達が、戦後その責任を逃れること、あるいは自分の刑の軽減を願うことに汲々としていた時期に、笹川良一は自ら志願して巣鴨プリズンに入った。結局不起訴になるのだが、彼が志願してA級戦犯として巣鴨に入ったのは、天皇に戦犯の責が及ばないように、東条英機に一人罪を被るように説得する為でもあったという。この意味では戦前戦後を通じて時節によって、自己の思想信条をかえない頑迷さは実に清々しい。プリズン出所後は刑死した戦犯の遺族に対する世話を最後まで続けたことなどは、正に信じがたい程の強烈な意思の持ち主であったようだ。モーターボートの収益金は一切、私費することなく、世界の貧困の救済の為に寄付し、足りなければ私財をもつぎ込んだという、日本のNPOの元祖、しかも桁外れな稀代の梟雄、笹川良一の一生は実に痛快である。

（９8年６月発行）