鉄道員（ぽっぽや）浅田次郎　集英社　

浅田次郎の本はなるべく読まないようにしている。というのは逆説的になるのだが、この作家の小説の上手さに、今度こそははまり込むまいとするのだが、何時も、吸い込まれてしまい、迂闊にも涙してしまったりするからだ。確かに、プロの小説家としてし、小説の勘所を知り尽くしているという感じがするし、それがある時には作り過ぎの匂いとなって多少、鼻につくというところもないではないが、それにしても読者を、引き込む力は大したものだと、又、感心させられた。

表題作である「鉄道員」は廃線間近の北海道の幌舞線の終点、幌舞駅の定年を迎える駅長が主人公だ。駅長といっても、駅を守るのは一人暮らしの駅長一人。彼は妻には先立たれた日にも、幼くして逝った娘ユッコが冷たい亡骸になって帰って来た日にも、極寒の駅に立ちつづけて駅を守って来た。といった話で始まる。もう、この辺りの小説の設定からして上手過ぎると言って良いだろう。

２編目の「ラブレター」という作品も、まさかと思いながら引き込まれる。新宿のポルノショップの雇われ店長をしている吾郎が、５０万円で戸籍を売った。そうして戸籍上の彼の妻となっていた出稼ぎ中国人の白蘭が死んだと吾郎が聞いたのは彼が何度目かの留置場暮らしから出て来た日だ。これも、５０万円の契約の内と、吾郎は白蘭の亡骸を引取りに房総の田舎町へ行く。彼はそのの警察署で、未だ一度も会ったことがない白蘭の遺品の中にあったラブレターを読んで泣き崩れる。「大好きな吾郎さんへ」で始まり、白蘭の吾郎に対する思いの丈と、感謝の言葉が続く。「心から愛しています世界中の誰よりも。吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん。再見。さよなら」で終わる手紙は、吾郎ならずとも涙なしでは読めないかも知れない。その外６編、それぞれに浅田次郎の世界に引き込まれてしまう。だから、浅田次郎の本は余り読まないようにしているのだ。

（99年3月発行）