壁を破って進め（上・下）堀田力講談社

検事が自分の担当した事件の回想録を書くという例は、極めて希であろう。多くの検事達は職務上知り得た事実を「墓場まで」持っていくものとの職業的倫理観が一般的ともいわれている中で、戦後最大の疑獄事件であるロッキード事件に携わった検事であった著者の「私記」としての本書は、内容もさることながら、その様な意味で衝撃的である。但し、本書には架空の人物が一人あらられる一見小説のような展開で進むだけに、ロッキード事件の真相を暴露するといった実録的なものではないく、フィクションとノンフィクションの境にある書き方は、いささか中途半端ではある。しかし、ドラマ仕立てにストーリーが展開し、著者の文章力も優れているだけに、ぐいぐいと引き込まれる。著者も言う通り、「ロッキード事件の資料としての価値はない」のかも知れないが、面白い読み物になっている。

この大きな疑獄事件にかかわった関係者は実に膨大な数にのぼり、この事件を追及する側の検事の数も又、多数であった。従って、勿論、一検事の体験回想録がロッキード事件全体の解明の書になるということはないのは当然であろう。しかし、本書は、事件究明の過程で本件に拘わった検察庁や、法務省の幹部等の多くの関係者達が、それぞれの持ち場で、どのような思いで、本件に取組んだのかを知る手掛かりにはなる。著者は本件起訴の重要証拠となった、米国側資料の入手と、ロッキード社幹部の米国における嘱託尋問を行ったが、当時の日米の刑事訴訟法の違いから、それは一筋縄のものではなかった。追及をかわそうとする田中元首相、この追及に自らの政治生命の延命を賭けていた三木首相といった政治の暗闘から、本件をうやむやに終らせてしまっては、今後20年乃至30年、検察はその威信を失うであろうと考える、検察幹部達の思惑等々、ドキュメンタリーらしい迫力が十分伝わって来る。

それにしても、本件の結末は、余りに長期に亘った裁判の為に、多くの被告人達が死亡してしまい裁判が棄却され、又、結果的には真相も闇に葬られてしまったことが、それ以降も日本の腐敗構造を温存することにつながったことが、今更ながら悔やまれる。

（99年5月発行）