台湾と中国の関係は「国と国の関係」との李登輝総統の発言が中国をいきり立たせている。余りにも本音の本筋論だけに、中国も米国も日本さえもこの発言に、おろおろしているというのが実情だ。しかし、この李登輝総統の発言は、失言でもなければ挑発でもない。現在にいたる台湾の歴史と先進工業国にも比肩する近代国家としての当然の発言であることが本書を読むと良くわかる。

骨のある政治家が世界には少なくなったが、李登輝はその稀少な政治家の一人であろう。骨があるというが、李登輝のそれは只頑固なだけでは勿論なく、何が台湾にとって最も良いかをしっかりと捉えることによって、その実現の為には敢えて「回り道」をとるという、現実政治家としての骨の通しかたである。

彼は２２歳まで当時台湾を支配していた日本の教育を受けた。本書の中でも語っている通り、彼はその日本の教育の良い点を十分に理解し、寧ろ、その様な日本の教育の良さを失ってしまった日本の現在を嘆きまでするほどだ。戦前の日本の何から何まで悪いといった極論に組みしないところも、又骨の通った「自己」があるからだろう。日本の影響を受け、その後米国に留学し、キリスト教の影響を強く受けるなどの、彼自身の思想のバックグランドを冷静に分析しており、これらを読めば、冒頭の「国と国」発言にいたる背景が良くわかる。

李登輝総統は本書の中で、彼の政治家としての判断は「自分がいなくなった台湾ではどのような判断を下すだろうか」と「自己」をすてる立場で行って来たという。このように、自己を捨てることの大事さが政治家の素養であるとする信念と同時にそれに相反する｢自己を徹底的に肯定する｣こと、すなわち台湾の歴史のみならず、現在の自由と民主主義の下に何が一番良いのかを考えることを行って来たという。

真摯な政治家としての李登輝の本音が述べられた著書の読後感は爽快だ。

（99年6月発行）