毛沢東秘録（上･下）　　　産経新聞社編　　　　　産経新聞社　　　　

世界人口の1/5を占める中国は、ほんの一握りの指導層によって統治されているというのは、考えてみれば実に不思議な現象だ。しかも、そのほんの一握りの指導者の中にあって、中国共産党結党以来、長く独裁的な権力を握っていたのは毛沢東である。

しかし、その毛沢東の権力も中国建国以来、何度かゆらぎかけた。「大躍進」という急進的社会主義化の試みの失敗により権力を失いつつあった毛沢東にとって、疲弊した経済の立て直しで実績を上げていた、劉少奇、鄧小平らの実権派の追い落としを行い、再び奪権しようとしたのがあの文化大革命である。社会主義社会の実現と経済成長という当時から二律背反する命題の何れを優先するかの路線争いが発端になった文化大革命だが、その過程においては寧ろ路線争いの面は薄れ、生々しい権力闘争の場と化していったのだ。

今年3月から約半年に亘って産経新聞に連載されたドキュメントであるこの毛沢東秘録は、中国においてあの文化大革命の十年を含む毛沢東の時代にあった権力闘争のどろどろをあますところ無く、壮大なスケールで描き出したものであり、中国現代史をするどく抉り出した労作である。

この権力闘争の物語の中には、一時期は毛沢東の後継者と指名されながら、失脚した林彪、毛沢東存命中には一時権勢を誇りながら結局は毛沢東の死後、逮捕され壊滅していく江青を含む四人組、実務派でありながら最後まで毛沢東の顔色もうかがい権力中枢に残っていた周恩来、起き上がりこぼしのように失脚から立ち上がった鄧小平といった、数限りないドラマがある。上下二巻に亘る大作ではあるが、一気に読ませるほどに内容は濃いい。

81年に中国共産党は正式に文化大革命は「誤り」であったと全面否定を行った。しかし、この狂乱のような10年において命を失ったり、大きくその運命をかえさせられた中国の人々にとってこの共産党の総括はどのような意味を持つのだろうか。文化大革命の最盛期は今から、まだせいぜい30年前のことであり、当時日本においても、文化大革命の礼賛をしていた評論家、ジャヤーナリズムは、あたかもそのような事実がなかったかのように頬かむりをして健在だ。本ドキュメントにおいてこの辺りの日本の動きにまで言及して欲しかったが、欲張り過ぎだろうか。

中国共産党も毛沢東の否定は、現政権の歴史的背景の否定にもなることから、毛沢東に対する評価もまた「功績7割、功罪3割」として、徹底的な批判は封印し、彼自身の遺体もまた、記念堂に安置されているが、果たしてその評価が今後ともに変わらないとは言い切れないだろう。

毛沢東の評価が本当に定まるにはあと100年程度の時間が必要かもしれない。

（99年11月発行）