アレクサンドリア　　　　　ダニエル･ロンドー　　　Bunkamura　　

ナイル側が地中海に注ごうとする広大なデルタの一画に位置するのがアレクサンドリアだ。この街はキリストの生誕の３００年以上前に、あの征服者アレキサンドロスが砂の上に投げたマントの上に灰でその設計図が描かれた都市である。爾来、二千数百年、数々の栄光に輝き、又、滅び、そして今でも存在する。「滅びたものは美しい」の象徴として、この街は嫌われ、又、好かれ不思議な魔力で人々を引きつけて来た。著者のロンドーは４８年生まれのフランスの文学者だが、同じくこの希代の都市のもつ魅力に捕らえられた一人ということが出来よう。

この作品は５章から成り立っているが、作者のアレキサンドリアへの思いをそれぞれの異なった角度から焦点を当てた、薫り高いものになっている。

第一章は、現代のアレキサンドリアを作者が始めて訪れた際の紀行風な出だしとなる。評者も２年間、このアレキサンドリアに駐在していた経験を持つだけに、この都市の持つ、雑多で猥雑な中にある、不思議なほどのバイタリティーに半ば感動すると同時に、辟易としたものだが、ロンドーの印象と極めて重なるものが多く、しんみりと読んだ。

第二章は、アレキサンドロスとその業績、この街の生い立ちの話しであり、オデッセイを読むかのようだ。この土地にあるはずのアレキサンドロスの墓の在処は、今や不明となってしまったことなどから、「夏草やつわものどもの夢の跡」といった詩的な趣きを感じさせる。

第三章はアレクサンドリアの絶頂の時代とその衰退がテーマだ。プトレマイオス朝の時代に建設された、ファロスの灯台とその崩壊、地上最大の図書館といわれたムセイオンの創設と、いかにしてその万巻の書が失われていった歴史、クレオパトラ、カイサル、アントニウスからナポレオンに至る、この地に係わった英雄列伝である。

第四章は、このアレクサンドリアを愛し、ここを詩作の原点とした四人の作家、カヴァフィス、フォスター、ダレルの作品、生涯とこの街のかかわりに焦点が当てられる。ロンドー自身のあこがれが含まれているように思われる。

最終の第五章は創作的な趣きである。ロンドーの有人の父親の足跡を追う話だ。この父親は、スターリンの時代にアレキサンドリアから家族を捨て忽然と姿を消し、タシケントの近くにアレクサンドロスの築いた街、アレクサンドリア･エスカテの地で果てている。このアレクサンドロスとの不思議な巡り合わせと異邦人としてのギリシア人の運命という、これまたモチーフとして面白い題材である。

アレキサンドリアに何となく思い入れもある所為か、読み進むうちに、他人事に思えなくなってしまった。

（99年10月発行）　　　　