宿命　　　　　　　高沢皓司　　　　　　　新潮社　　　　　　　　

田宮高麿ら9人の赤軍派が日航機「よど号」を乗っ取り、北朝鮮へ向かったのは1970年のことであった。あの事件そのものは、前代未聞の大事件ではあったが、年月とともに人々の記憶からは遠ざかっていった。しかし、この赤軍派9人のドラマは、むしろ、彼等が北朝鮮へ到達してから始まったといって良いだろう。

世界同時革命を夢見て、正に幼稚な理論のもとに彼等が渡った国は、チュチュ思想という集団狂信思想の下に、金日成の絶対性以外を認めない恐怖の国だった。

よど号の犯人たちが北朝鮮に入国した当時、金日成は彼等を｢金の卵｣と称したという。その言葉の中には北朝鮮が「よど号」の犯人達を、政治目的のために利用しようという深謀遠慮が見え隠れするではないか。

その目的のもとに、時間をかけて洗脳されて行く犯人達は、北朝鮮の忠実な工作者に変身して行く。

その過程で、更に運命を翻弄される日本人女性達が登場することになる。犯人達にも日本人の伴侶が必要と判断した北朝鮮当局が、彼等の花嫁獲得作戦に乗りだし、結局8人の日本人女性が北朝鮮に様々な事情で向かうことになる。中には騙されて、留学中の欧州から拉致同然に連れ去られた女性もいるのだ。

これらの赤軍派9人とその妻達は、欧州での更なる秘密工作の尖兵として北朝鮮の駒となっていき、拉致の被害の輪は広がっていく。

「よど号」事件のその後を追った本ドキュメントは、著者が田宮高麿を始め、その妻達との度重なるインタビューなどを通じて、北朝鮮という空恐ろしい国の中で翻弄されていく人々の「宿命」を追った出色のものである。

犯人9人の内2人は、北朝鮮の好む思想的転向を拒んだり、あるいは出自の階級が資本家であったなどという理由により、過酷な運命を余儀なくされる。岡本毅と、吉田金太郎の行方は杳として知れない。

しかし、この二人については、北朝鮮は事実をひた隠し、よど号の犯人たちもその隠蔽工作に荷担して来た。このような事実からも北朝鮮の薄気味悪さに身震いが出る。

現在、タイ当局にとらわれている田中義三などの身柄の確保も暗礁に乗り揚げているようだし、横田めぐみさんの拉致事件など一向に解決の兆しもない。

本書に書かれた文脈から推測すると、現政権が続く限りは北朝鮮がらみの暗黒の諸問題の、早急な解決は難しいと思わざるを得ない。

（98年8月発行）　　　　