外交（上・下）　ヘンリー・Ａ・キッシンンジャー　日本経済新聞社

上下２巻で１２００頁に及ぶ大著。現存の世界最上級の外交関係者の著作であり、その監訳が日本の外交官では、これ又一家言を持っている岡崎久彦となると確かにそれなりの内容はある。

キッシンジャーの外交分析は、アメリカ外交の根本にある二つの背反的要素、即ち「パワーポリティックス」と、「正義の味方、十字軍的要素」の振り子の振れ具合に基づいている。

確かに過去２００年以上に亘る世界の外交、およびアメリカ外交の根本理念を解く鍵としては、面白い見方だと思うし、実際にキッシンジャー自身がそのような基本外交理念のもとに政策運営を行って来たし、現場を離れてからも積極的な発言によって米国、ひいては世界の外交を動かして来た。

冷戦が終結し唯一の超大国となった米国が今後何をどう為すべきなのかも、このような観点から考えていくと言うのは確かに、アメリカ外交政策の立案の為には、便利な手段かもしれない。

しかし、それが正しいかどうかとなると話しは別だ。

「正義」と「悪」という捉え方からの政治、外交分析と言う、アメリカの癖みたいなものが、結局はベトナムの愚行を生み、無原則にも見えるイスラエル支援の姿勢は中東問題の長い間の紛糾を生んだ。

自由主義、民主主義を守ると言う理念と、例えば多発する民族主義紛争との矛盾、あるいは米国内で自身が持つ人種問題や、教育の興廃に対処する方法としては、このような正義か悪かの二者択一論は全く役にたたない。

全体を読み終えて、キッシンジャー自身が世界の外交第一人者と言う強い自負をもっており、その彼が基本的にはパワーポリティクスが最善の国益になるのだと言う信念をもっている事には、いささか夢が無さ過ぎると言うか辟易とするものを感じる。

その様な批判に対しては、キッシンジャーは恐らく馬鹿にして「夢を追っていては外交など出来ない」と言うだろうが、現実の利害得失ばかりに偏った外交が世界の明るい未来に繋がるとはとても思えない。

最近、台湾の李登輝発言を批判したキッシンジャーにその外交分析の古さに対する批判が相次いでいるが、ゴルバチョフに対するキッシンジャーの批評と同様に彼自身も既に過去の人になっていると言うのが偽らざる読後感だ。

(96年6月発行)