豊乳肥臀（上･下）　　　　　　莫言　　　　　平凡社

本書は中国で発行と同時に「禁書」に指定されたという。文化面での改革解放も進んでいる昨今の中国では、「禁書」に指定されたと言っても、海賊版は多数出回っているとのことではあるが。

本書が「禁書」に指定された理由は、恐らく二つのタブーに触れたからではないかと思われる。一つは、中国共産党とその歴史、現在の政策に対する批判ととれる部分を含んでいること、もう一つは、性のタブーに触れていることであろう。

しかし、この二つのタブーを正面から捉えたことによって、この長編小説は成功を納めたといえるのも事実である。

物語の主人公は、辛亥革命当時から経済改革解放による拝金主義に揺れる９０年代の中国の現代史そのものであり、大河小説ともいえるものだ。

上官金童は、日中戦争の最中の１９３７年に生まれた。母親の上官魯氏は、子種のない夫を持ちながら、上官家の為に男児を生むことを要求され、金童の上に父親の違う８人の女児を生んだ。上官金童は、恋乳拒食症という乳以外には受け付けないという性癖を持ち、女性の乳房に対する異常な執着を持っている。

物語は、この上官金童が生まれた当日から、彼の一人称で大半綴られている。

抗日ゲリラの頭目、日本軍への協力者、共産党ゲリラ、あるいは国民党軍の将兵や、米国人軍事顧問といった、その時々の覇者と結婚する姐たち、あるいは飢饉の為にロシア人夫人に売られる姐、家族の為に女郎屋に自ら身売りした姐、といった具合にこの物語は、上官家の女性たちとそれを取り巻く男達の物語として語られる。

革命の狂気が、そして改革解放政策の混乱が生々しく語られていくから、確かに中国当局にしてみれば、｢禁書｣にしたくなることだろう。

パール･バックの「大地」のごとき趣きもあるが、こちらの方が、人間心理の内面を深くえぐり出した一級の作品といえる。共通点があるとすれば、パール･バックが中国農民を描く時に「大地」を不変の中国人のバックボーンとして使ったように、「豊乳肥臀」では、乳房に象徴される男のもつ「母性」への回帰を太いバックボーンにそえたことだろうか。

中々日本に紹介されることの少ない中国現代作家だが、１２億の人口を抱える中国には、この莫言のような力量を持った作家が、多分無数にいることだろう。

（99年9月発行）