前例がない。だからやる樋口廣太郎実業之日本社

成功をおさめた経営者による経営論は、いささか即物的な響きがあり、納得は行くものの、全く違う環境にある経営者や、一般人にとっては、別世界の話しという読後感を持ちがちではある。

本書は、住友銀行から経営不振に悩むアサヒビールに社長として乗り込み、社内改革をはかり、スーパードライの大成功によって同社を大躍進させた著者の回顧論、経営論であるが、単なる成功自慢話ではない、極めて親近感がもてる内容になっている。

それは、アサヒビールが、著者の就任時にどのような状況で不振に陥っていたのか、あるいは、その時、著者自身がどのような信念をもって、改革に取組み成功したかが、多くの不振会社にとって、思い当たる節が多く、又、このような、理念、信念をもって改革に当たるならば、再生の可能性は十分にあるだろうと思わせる普遍性があるからではないだろうか。

著者がアサヒビールの社長として社業の回復にかけた期間は、たった6年半であり、その後、会長に退き、その後は経営に口をはさまないという、見事なバトンタッチを為したこととか、社員の個人個人の生活を大切にすることこそが、組織の成功の源泉であることを実践したことなど、世の中には、有りそうで中々ないことだけに、感心させられることが多い。

世の中は経営改革で、取締役の数を減らし意思決定のスピードを上げることに大きく動いているが、著者はアサヒビールに於いて当初26人であった取締役の数を40人に増やしたという。又、定期採用を間断なく行うことを子会社にも強く指導したというし、資産の売却には強く反対し、売却した資産は買い戻したという。現在、経済界の指導的立場にある著者が、現在流行の、経営スタイルの逆を走っていたというのは、実に面白い。

アサヒビール復活のキーワードは本書のタイトルにもなっている「前例がない。だからやる」なのだが、これを実践する為に、「全ての責任は社長がとる」という姿勢がなければ、出来ない。それを、徹底してできた著者は、やはり日本有数の成功した経営者ということが出来るだろう。

(96年6月発行)