本能寺（上･下）　　　　　池宮彰一郎　　　　　毎日新聞社　　

池宮彰一郎の「島津奔る」「遁げろ家康」とつづいてきた戦国物は、本編でも相変わらず快調だ。時代の変わり目においては、過去に学ぼうとする機運が高まるというが、今が、大きな時代の変わり目であるということも、歴史時代小説が、益々興隆していることと関係があるのかもしれない。

本編の舞台は、著者の前作、前々作が舞台とした関ヶ原より少し前、信長の天下統一の野望と、その信長の最後である「本能寺の変」の時代である。

信長、秀吉、家康と並び語られる戦国の覇者達だが、信長の独創性は群を抜いている。秀吉も、家康も信長の構想の延長上にあって、天下統一を果たしたに過ぎないともいえるから時代小説の主人公として扱うには信長が最も魅力的だ。

百年続いた戦国の世を、治めるには、一旦は既成の概念を全て破壊し尽くし、その上に、新時代の構想を持たなければならなと信長は考えた。それが故に、一向一揆に対する残忍ともいえる制裁や、比叡山の焼き討ちといった後世に信長の汚名を残すようなことも、彼にとっては、理論だてて説明することが出来るという。

「既得権益」に群がる勢力を、徹底的に解体してこそ新時代が来るという信長の基本理念は、信長とともにその天下統一に加わった武将達の、将来の権益と夢を奪うことになるという矛盾こそが、本能寺の変の遠因であるという解釈から、この物語は語られている。

「人生わずか五十年」、信長は自分の構想の実現の為に、大急ぎで時代を駆け抜けていった。

明智光秀、秀吉、家康といった信長の、家臣、同盟者との人間関係、信玄、謙信といったライバル達との闘争と、この時代を背景にしての物語は、尽きることのない作家の創作意欲を刺激するようだ。光秀が、本能寺で信長を討った、本当の理由は未来永劫の謎ではあるが、本書の解釈は、ユニークであり、大いに楽しめる。

(00年5月発行)