朗読者　　ベルンハルト･シュリンク　　クレスト　　　　　

ゲーテの「若きウェルテルの悩み」やヘルマン･ヘッセの諸作などのようにドイツ文学の中には青年期の若者の心の遍歴を描いた名作が多い。多感でナイーブな若者が、生きること、成長すること、愛することに、そして性に悩むさまを描いたものだ。

青年期を通じて、あるいはそれ以降も男性が持つこれらの悩みを描いた文学は多くの人の共感を呼ぶ。

この作品は、15才の時に36才の女性に恋をしてしまった少年の物語だ。しかし、テーマは少年の年上の女性への恋と情事に留まらない。ある日、この女性は忽然と彼の目の前から消え去ってしまう。

彼が彼女と再会するのは、ナチの強制収容所の女性看守として働いていた時代の行為について裁かれている彼女の法廷に於いてであった。

この物語のテーマは、ナチの時代に一般の庶民であった彼女のような人々が行った行為、あるいは行わなかった行為についてどの様な責任をとるべきかという問題、更には、父母の時代の戦争犯罪をそれに継ぐ世代が引継ぐべきかという重いテーマへと発展して行く。

彼女は文盲であるということを恥じる余りに、裁判の過程においてもその事実を隠した結果、不利な判決を受ける。彼女が守ろうとしている秘密、即ち彼女が文盲であるという事実を愛する彼女の判決を少しでも軽くするために、法廷で明らかにすべきかを悩む青年の心の葛藤もまたこの物語の大きなテーマである。

15才の時の彼女との愛の日々がその後の主人公の人生における女性観を支配する。学友でもあった女性との結婚生活も結局は破綻する。

彼は長い刑期を送る彼女を刑務所に訪ねることは一度としてない。しかし18年に亘り本の朗読テープを送りつづける.。それは彼が15才の時の彼女との愛の日々に行った想い出の行為なのだ。

18年の歳月が過ぎ、いよいよ彼女の仮出所の日が迫るが果たしてーーーと物語は続く。

世界各国でベストセラーとなった本書は、近々「イングリッシュ･ペイシェント」の監督であるメンゲラによって映画化される予定という。「マディソン郡の橋」のような道ならぬ恋の物語として映画もヒットするに違いない。

（00年4月発行）