良寛（上･下）　　　　　井本農一　　　講談社学術文庫　

良寛さんといえば里の子供たちと一緒に手まりをついてあそぶ天真爛漫でかつ無欲な

お坊さんというイメージが浸透している。我々世俗の人間にとは違う、悟りをひらいた偉人というイメージもある。しかし、本書を読んで良寛さんも我々同様に喜び哀しみ悩んだ親しみの持てる人であることを知り、ますます良寛さんが好きになった。

良寛研究という分野があるとは知らなかったが、良寛の人となりはある意味では、日本人が根本的にもつ理想像でもあり、かなり盛んに行われてきたことを、本書を読んで知った。

著者は第二次大戦の最中に良寛の研究に打ち込んだという。その成果を戦後直ぐの昭和21年、30才で本書の初版として出版した。それから30年経った昭和52年に一部改訂されて本書が再出版されている。しかし、語彙を多少書き改めた他では大きな書き換えはないという。

まず第一部では、越後の豪商の家に生まれた良寛の生家の没落、放浪の旅に出て京都で入水してしまう父という背景を文献によって追い、18歳での出家の経緯などが詳細に分析されている。良寛を取り巻く肉親、知人との交友、彼の残した漢詩や短歌などの芸術を丹念にかたられ、それらの詩作の背景となった良寛の心の旅路を追ったものだ。著者が30才にしてこれだけの研究成果を得ていたとはまさに驚きである。

無邪気な子供達と手まりをして遊ぶ良寛という一般に記憶されている良寛のイメージとは違う、一時は僧としての栄達を求め、挫折し、また肉親に対する世俗的な心配をしている良寛、或いは世捨て人の生活を求めつつも、一方では食うためには無心もし、酒を好んだ良寛という人物像は、これまた驚きだが、それを知ることによって、良寛の人生により好感が持てるようになる。

前半第一部ではやや冗長過ぎるぐらいに、良寛の生い立ち、一生の記録を追っているが、この部分があってこそ、後半の良寛の文学に対する著者の評論が、多いに効いてくる。

（78年1月発行）