泥棒たちの昼休み 結城昌二 講談社文庫
結城昌二が急逝してからもう4年が経つ。今から15年ほど前にエジプト駐在時代にひょんなことからこの作家の「終着駅」という小説を読み衝撃を受けた。終戦直後の混乱期に生きる底辺の人々の暮しと、その人々が次々と死んでいく哀れさを淡々と語りつづける作家の力量は計り知れないと思ったものだ。
昭和2年に生まれ戦争の最中を健康上の問題から挫折した道を歩まざるを得ず、戦後には長期の結核療養生活によって死と直面して来たという背景が「終着駅」のような淡々と死を語ることのできる背景にあるのだろう。
この作家は推理小説作家としてその創作活動を開始しただけあって、ストーリーの面白さはお手のものだ。その後新境地を開いた小説の分野ではストーリー性に加え、人生経験に基づく淡々とした死生観や、ニヒルな人生観といったものが加わり駄作は少ない作家といえたのではないだろうか。
本書は作家が死の直前まで「小説新潮」に連載した作品で遺作となったものだが、検察庁の事務官であった経歴を生かして、刑務所の作業場の昼休みに囚人達が語り合う虚実を交えた自分達の物語という舞台設定がユニークだ。
結婚詐欺、金庫破り、暴行致傷、賭博罪と様々な罪を犯して刑務所にいる男達の物語は、悪者にはなり切れない何とも親しみの持てる男達の物悲しい人生の物語だ。結婚詐欺の常習の男が、だましたつもりがまんまと女に逆に騙されて、刑務所に入るに至った話やら、友人に頼まれてその友人の妻を芝居で襲おうとして、嘗て女子プロレス選手であった彼女にこてんぱんに反撃され暴行致傷で保釈取消しとなって刑務所に舞い戻る話など、小説とは思いつつあり得る話と頷けたりする。バーチャルリアリティーとしての小説の基本要素を十分備え哀歌でありながらも可笑しいという正に結城昌二風物語である。
「終着駅」のような衝撃的な物語は、この作家は以後書いてはいないが、本作品も亡き作家を懐かしく思う内容だ。
（99年11月発行）