ラヂオ 阿久悠 NHK出版
全ての大人に共通の過去がある。それは、嘗て皆子供であったということだ。
従って子供の時代を語った物語には、それを読む人の子供時代の記憶を呼びさまし、子供時代の楽しさ、哀しさ全てを思い出させるという作用がある。
子供の世界を描いた小説は多いが、「瀬戸内少年野球団」のように、阿久悠もこのような状況設定の小説を得意としている。
時代が如何に移ろうとも、子供の世界の心象風景には、大きな違いはないのではないだろうか。又、子供は「小さな大人」であるとも言われる。子供は実は早い時期から大人しか理解し得ないと思われている人間心理の機微を、寧ろ本能的に理解しているといえるかもしれない。それだけに、この物語に語られる、終戦直後の淡路島での子供達の一年は、世代を超えて我々の共感やノスタルージーを呼び起こし、又、既に大人になった自分の目から見ても、妙に納得が行くところも多い。
終戦をむかえた、淡路島の小学校5年生の世界も、天皇の玉音放送という切っ掛けから、天地がひっくり返るほどの激動を見た日本社会の影響がひたひたと押し寄せる。
例えば、終戦前には考えられなかった男女共学が始まる。隣の席に座る女の子は誰なのか、男の子にとっては大興奮の出来事だ。
又、新生日本の教育には社会科という科目が加わる。担任達も一体、どうやってこの科目の授業を進めて良いのか分からないような激変だ。それらの出来事が、見事な筆致で描かれていく。
主人公、合田走の目を通して語られる、大人達の世界の機微、主人公の厳格な巡査の父を見る目、酒場を経営する母と二人で暮らす、クラスメート香との淡い思い出等、場面設定に多少の違いはあっても、自分の子供時代にもこういう場面があったのではないかと思わせる。
新生日本の誕生という大転換期にあった日本、その片田舎である淡路島の子供時代の一年間の物語、実は嘗て子供であった我々すべての普遍的な物語のように思える。
（00年7月発行）