昭和の宿命を見つめた眼 高坂節三 PHP研究所
日本の知性としての京都学派の功績は抜きん出ている。西田幾多郎を中心としたその哲学思想は、それ以前にも、以後にもない程に際立ったものであり、現在の哲学研究は、京都学派の功績の検証をしているだけとまでいえるかもしれない。
その京都学派の中で、カント研究者として名をなしたのが、高坂正顕、即ち著者の父である。高坂正顕は、その思想故に戦争中は軍部には要注意人物とされ、又、戦後はその思想行動が戦争協力的であったとして公職追放を受けるなど、悲運の中にあったが、その、清廉な思想は強固であり、純粋な学者そのものであったという。後半生は、「期待される人間像」の起案を行うなど、不得手の教育行政の現場に携わったが、終始その学者としての矜持を保持した。
又、佐藤内閣のブレーンとして、あるいは「保守派の論客」として活躍した高坂正尭は、正顕の長男、即ち、著者の兄である。
本書は、著者が父、正顕、兄、正尭の業績を実に丹念に追うことから、昭和という時代のバックボーンに流れた思想史を描き出したものである。
単に、学問業績の検証に留まらず、家族として見た、父、及び兄という観点を取り入れることによって、二人の思想形勢の過程までが浮かび上がって来る。
このような、父、兄に囲まれた著者は実に幸せな人だと思うが、著者自身は、商社に勤め、今はその系列のメーカーの会長という異なった道を歩んで来たのは面白い。
本書を著すことによって、実は、著者自身も学者の道を歩むべきであったのではないかと、考えているのではないかとも思えた。
（00年12月発行）