百人百句　　　　　　大岡信　　　　　　　　講談社　　　　　　　

人は一生をかけて何をのこすか。尽きない問いかけではあるが、少なくとも、一生をかけて、一句をのこすことのできた人は幸せであるということはいえるであろう。

芭蕉から現代までに、少なくともこの句は残ったといえる名句を百選し、その句および、その俳人の履歴を詳細に解説するという本書の試みは、実に内容が濃い。

朝日新聞に20年に亘って「折々のうた」を連載している詩人である著者の感性が選び出した百句の解説により、これらの名句を鑑賞するだけでも、相当豊かな気分になれる。

しかも、それぞれの句について2-3ページを費やして、句作者の履歴、その他の作品を丁寧に解説しており、それを辿ることで、江戸時代から現代に至る、俳句をとりまく、日本の文化史を知ることが出来る。

春夏秋冬、新年、無季の6分類という試みも、歳時記をなぞらえたものではあろうが、本書の目指そうとしている「俳句辞典」あるいは「俳人辞典」には相応しいものになっている。

何はともあれ先ず、通読し、各人がこの中から又、好きな句を何句か選んでみるのもきっと楽しいだろう。

日本語の美しさ、それが表現する豊かな日本人の感受性が、俳句という短い詩形に表れている。本書を読んで、つくづく日本人に生まれて良かったと感じる。

評者が百句の中から敢えて選んだ好みの句は次の５句である。

去年（こぞ）今年貫く棒の如きもの　（新年）　　　　　高浜虚子

除夜の妻白鳥のごと湯浴みけり　　　　(冬)　　　　　　森澄雄

木枯らしや目刺にのこる海の色　　　　(冬)　　　　　　芥川龍之介

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり　　(冬)　　　　　　久保田万太郎

押し合うて海を桜のこゑわたる　　　　(春)　　　　　　川﨑展宏

現代俳句ばかりになってしまったのは、やはり、俳句は生きているという意味で新しいものに共感を感じるということなのだろうか。

(01年1月発行)