偶然性と運命 木田元 岩波新書
著者は70歳を越えられた哲学者である。かつて20才台の一時期に麻雀にのめり込んでいたことがあるそうだが、その時にいわゆる「ツキ」というものがあることを不思議に感じたという。その「ツキ」を単に勝負事のあやだとか、偶然だとかで済ませないで「偶然性と運命」という命題を置いたところが、哲学者の哲学者たる所以であろうか。
恋人同士は、相手にめぐり合ったときに、それが単なる偶然ではなく、いわゆる「赤い糸」でお互いがめぐり合うように運命付けられていたのではないかと感じてしまうが、これも又、麻雀のツキと同じ「起こり得ないことがおきる」という「偶然性と運命」という命題で考えてみようというのが本書である。
確かに、単に確率論では語れない「時間の経過」と「偶然」との関わりは、長く哲学においても大きな命題であったし、この「偶然と運命」を題材にした文学作品も多い。
本書は、著者自身のもった「偶然」という哲学的命題を、ショーペンハウエル、ハイデガー、ヤースパース、日本の九鬼周三などの著作、あるいはドストエフスキーの「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」における二つの出遭いなどを引くことによって、思索して行くという中々ユニークな試みである。
著者自身が、あとがきで本書は著者の思考をエッセーにしたものと語っているように、必ずしも哲学の命題とその回答という形で編まれたものではないが、我々が身近に感じる「運命」との出遭いという事象を、一歩踏み込んで思考してみる真摯な姿勢には共感を覚える。
過去から現在、そして未来へと一様に流れていると思う「本来的時間性」というものを、別の見方すなわち「非本来的時間性」で見るという、哲学的思考などを含めて新鮮な思索を楽しめる。
（01年4月発行）