敗北を抱きしめて(上・下) ジョン･ダワー 岩波書店
人が自らの姿を見ることはできないように、日本人は日本人の真の姿を見ることはできないのだろうか。本書を読んでそのような感想をもった。
本書は米国の著名な歴史学者ジョン・ダワーによる、敗戦直後から占領終了までの日本の戦後史であるが、ここにあらわされた日本は、日本人自身にとって見えなかった、あるいは見ようとしなかった真の姿と思える。
天皇の玉音放送によってあたかも憑き物が落ちたかのように、あれだけ強固な戦時体制を一気に放棄することにさして抵抗をもたず、倫理観、国家観、価値観を着衣でも剥ぎ取るように変えてしまう日本。
戦争の鼓吹者が一夜にして民主主義者に変身し、戦争の犠牲者であるかのように旧指導層を糾弾する。
幕府の恩恵の下に武士階級という特権を謳歌していた人々が、一転して倒幕の中心となり、天皇の側について維新の元勲となる。このような変節ともとれる行動を安易に行えるのは日本人の本能なのかとも思う。
天皇の名の下に行われ、幾百万の日本人、そしてアジア人が犠牲となった戦争において、天皇自身がその罪を問われることはなかった。それは、マッカーサー司令部の意思でもあり、又、旧体制の支配者であり戦後もその地位にとどまった保守派の意思でもあった。しかし、最高責任者が責任をとらないというこの悪しき前例が、未だ持って日本全体を覆う無責任体制の元凶であることを、本書はいみじくも指摘している。
上下二巻にわたる戦後日本にかかわる記述は、外国人の手になるとは思えないほど実に適格だ。
戦争によって両親を失い浮浪児となった子供らへの日本社会の冷たさ、卑屈なまでに占領軍に迎合しマッカーサーを天皇並に崇拝した日本、終戦と同時に巨万の国家物資を横領した人々、そして、天皇の戦犯容疑を逃れるため、あるいは自己の保身のために、むやみやたらと同僚たちを戦犯として告発した人々、もっとも残虐な戦争犯罪を行ったものほど免責されたという事実、何だか読んでいて嫌になる日本人の醜さだが、これもまた真実の日本の姿であろう。
著者の公平さは、東京裁判などの戦犯裁判、あるいは広島・長崎への原爆投下における米国の人種差別感情、あるいはシベリア抑留の不当などにも良くあらわれている。
日本の戦後史はこの一冊で十分たりるといえるのではないだろうか。
(01年5月発行)