ワイルド・スワン（上･下） ユン・チアン 講談社
清朝崩壊前夜から文化大革命という狂気が漸く終焉するまでの激動の中国近代史を、女性三代の物語として生々しく語る上下二巻に亘る大作であるが一気に読ませる迫力がある。
それは、この物語は決して作りごとではなく、作者とその母、祖母という実在の女性達のノンフィクションであるからだ。
幼い時に当時の裕福な中国人の家庭に生まれた女性の風習であった纏足をさせられた祖母の生い立ちからはじまり、満州国の成立、抗日戦争、国共内戦、共産中国の誕生、毛沢東の大躍進政策の失敗による大飢饉、そして狂気の文化大革命と、その渦中にあった人の語る物語は、中国を外からしか見ることのできなかった世界中の人々にとって、正に衝撃の物語である。
作者の父母は共産党の高級幹部であったが、文革時代を通じて走資派とみなされてさまざまな迫害を受ける。著者も含めて一家はちりぢりに辺境の農村に「下放」されこの世の地獄の生活を余儀なくされる。
著者が文革後、英国に留学するという幸運に恵まれたことと、家族から得た豊富な情報、資料によってこの物語が成立しているのだが、これらの事実は外国にいた我々のみならず、大多数の中国人にとっても知らされていなかった事実が多く含まれている。
毛沢東という未曾有の専制者によって、近代中国がいかに不幸な歴史を強いられたかの事実に衝撃を受けると同時に、このような中で、家族愛の絆で結ばれて雄々しく生きていた人々がいることに感動させられる。
亡くなった母が愛読していた物語だが、漸く読了し、さまざまな機会に母がこの物語の断片を語ってくれたことを懐かしく思い出した。
（93年1月発行）