漢字道楽　　　　　阿辻哲次　　　　　　講談社選書　　

漢字は表意文字である。逆に考えるならば一つ一つの言葉に当てはまる漢字を作ってきたというのが漢字の形成の歴史ということになる。言葉の数が膨大だから当然漢字の総数は膨大なものになるに違いない。

現代中国で集大成された世界最大と名うたれた辞典にはなんと八万六千語の漢字が掲載されているという。

一つ一つの漢字の成り立ちをたどっていくことは、確かにスリリングな謎解きでありこの分野にのめりこんだら、知的な興奮はいかばかりなものであろうか。それはある面では、本書の表題通り「漢字道楽」という知的な遊びといえるかも知れない。漢字を研究することは、人類の文化史、文明史を学ぶことにも繋がる。

例えば、「女」という字は女性と思しき人物がひざまずいている象形文字から始まっているが、これは、古代において既に、男尊女卑の社会制度があったことを示すのだそうだ。

「好」という字は、女の横に子供と書いてあるが、母親がその子を愛しむ様を表しているのだという。このことから逆に本来の「好き」という感情の意味あいがどのようなものであったのかを知ることもできるし、我々の「好き」という感情の発露を理解することもできる。

「育」は女の下に「子」という形が起源だそうだが、これは女性が出産している姿を表しており、生まれた子供が成長する様を表しているのだとか。

このように、本書には漢字にまつわる様々な表意の成り立ち、あるいは、漢字文化にまつわる現実社会とのかかわりが述べられている。

著者は、活版印刷業の家に生まれ子供のころ活字を拾うという体験をもったことが、漢字に興味をもった切っ掛けであるとか。全体を通じて、著者の漢字に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

漢字はその煩雑さから、一頃廃止論も唱えられたが、最近はワープロの発達や、eメールという習慣によって、再び日本人にとって親しまれるものとなって来た。

やはり、ローマ字あるいはカタカナのみで書かれた文章と、漢字かな混じり文とでは荘重さだけではなく、その表そうとする内容に大きな違いが出てきてしまうのは、良く経験することだ。

本書によって、多くの人が更に一段と漢字に興味を持つことだろう。やはり、漢字は日本文化にとって欠くことのできないものだ。

（01年6月発行）