草を褥に　　　　大原富枝　　　　　　　　小学館　　　　　　　　

大原富枝の遺作となった本書、「草を褥（しとね）に」は、日本植物学界の巨人、牧野富太郎とその妻、寿衛子を主人公としている。

牧野富太郎は、明治初期の新学制の前に、土佐の郷校で当時の高等学校程度の教養をすでに身につけていた。その彼にとっては、新しい学制による進学を果たすことは時間の無駄にも思え、時間の全てを自学での植物学に投入した。

このことが、後に学歴重視の学会において牧野富太郎を苦しめることになる。

土佐の実家の膨大な財産を研究とその生活に費やし、遂には実家を破産に追い込むが、金銭感覚はほとんどゼロで、東大の植物学教室の講師として低い俸給のなか極貧状態の生活を送った。

その牧野富太郎の学究一途の生活を支えたのが妻、寿衛子である。牧野富太郎は寿衛子と結婚するときに既に、従姉妹と結婚していたが、一目ぼれした駄菓子屋の娘である寿衛子と結婚してしまう。

寿衛子は13人の子を産み、6人を育て上げ、借金取りを一手に引きうけ、或いはその才覚によって渋谷で待合を経営するなどして、この金銭感覚のない夫の研究生活を支えた。

一見すると実に悲惨な二人の生活を見る作者の畏敬の念と、愛情はひしひしと伝わってくる。

牧野富太郎の膨大な借金を肩代わりしてくれる篤志家が次々にあるかと思えば、生涯に亘って牧野富太郎の排斥を企てた植物園長などなど、この二人の周りにいた多くの人々が良く描かれている。

小説ではないような作りではあるが、まさにこれこそが小説と言って良いだろう。

（01年4月発行）