スターリン秘録 斎藤勉 産経新聞社
遠い歴史のかなたではない、20世紀においてさえ世界には幾人もの独裁者が出現した。その地位に到達した過程に違いはあっても、後の歴史の分析は、それらの独裁者の業績中に例外なく狂気を認めるだろう。
それは、不正な蓄財であり、大量虐殺であり、政敵の粛清、他国の侵略であるが、何故、一人の人間がここまでの狂気に至り、又、社会がそれを止めることさえできないどころか、その独裁者の指揮に唯々諾々と従ったのだろうか。
それはあたかも、人間社会の根本的なシステムの中には、独裁者を生むメカニズムがビルトインされているかのようである。
２０世紀の独裁者の中でも、ヒットラーと並ぶ、いや、それを上回る狂気にみちた、狡猾で残虐な独裁者といえば、スターリンをおいてないであろう。
スターリンがその権力の座にあった３０年間に、ソ連の総人口の１/４は、彼の命のもとで、強制収容所に送りこまれ、奴隷労働の末にその大多数が命を落とした。
又、スターリンは共産主義革命の名のもとに３００万人とも４００万人ともいえる政敵、反対派、知識人を粛清した。スターリンの気まぐれで逮捕され、弁護も許されない法廷で裁かれ、早いものはその10分後に銃殺されたという。これは、裁きという名で行われた、スターリンという独裁者による殺人である。
スターリンの師であるレーニンにもこのような狂気は存在した。共産主義社会実現の名のもとで、長くソ連で行われていたのは、正にこのような狂気の行動であった。
イデオロギーを隠れ蓑にして、スターリンという「赤いツアリー」による、この世の地獄を生んでしまった歴史をもつことを、２０世紀の人類は慙愧を持って反省せねばならない。
スターリンは決して過去の過ち、歴史のかなたの出来事ではない。
第二次大戦の終結は、米英がこのスターリンの狂気を黙殺することによって成し遂げられた。毛沢東もこのスターリンを師として中国を建国し、その中国はいまだに矛盾だらけの共産主義をかかえている。そして、世界で唯一まだスターリニズムの恐怖政治を敷き、人民を抑圧しつづける政権が北に存在するが、その救済に世界は未だに無力だ。このように、スターリンは20世紀の歴史ではなく、現代社会に未だにその大きな影響をおよぼしている存在だ。
スターリンの野望によって占領された日本の北方領土は未だ還らない。スターリンは過去の人どころか、ロシアのプーチン政権はスターリンを再評価しようとしていることを、我々はどのようにとらえるべきなのだろうか。
スターリンという狂気の独裁者のくびきから解き放たれるほどに、人類はまだまだ賢くなってはいないようだ。
（01年3月発行）