いのちを考える　　　　　　木村利人　　　日本評論社　　　　　

自分のいのちは自分のものである。自分のいのちに関わる決定は自分がしたいと思う。今や当然と思われているそのような考え方も、バイオエシックス（生命倫理）に対する理解が浸透したここ十年余りで漸く常識と思われるようになってきた。

もはや助からないと分かっていてただ苦痛に耐えるだけの患者に、延命治療を施す必要があるのか。さらにはその決定は誰がどのような基準にもとづいて行うのか。

このような問題に対するここ10数年の間社会的論議は大いに進んだ。まさにバイオエシックス論争の深まりの成果ということができよう。

終末医療の問題ばかりではない、対外受精や代理母といった形での生命の誕生、クローン人間は許されるのか等々、いのちに関わる倫理の問題は実にさまざまであり生命の尊厳をめぐる倫理、「バイオエシックス」が取り扱う範囲はますます広がっている。

本書は日本におけるバイオエシックス問題の草分けである著者が14年前に著したものだが、その掲げている諸問題は現在我々が直面しているバイオエシックスの問題を網羅している。

本書の発刊以降でも、対外受精、クローン人間、脳死による臓器移植等々と生命に関わる技術は目覚ましく発達している。それにともない、尊厳ある生命というものの倫理に対する人々の意識や、その倫理を実践に移すための諸制度などにも大きな変化が見られた。

これからも生命技術は急激な進展を遂げるだろうから、それに伴ってバイオエシックス上の新たな問題が続出することだろう。

何れのバイオエシックス問題にも、これが最終的な原則であるといわれるものは未だに確立されていないと言ってよいだろう。

それは医療技術の急激な発達に、人間の倫理観が常に後追いにならざるを得ないという宿命的な原因が関わっているようにも思われる。

バイオエシックスの問題は、自分自身がそれぞれの問題に実際に直面してみないと余り現実感をもって考えられないのは事実。

しかし、著者はこの問題を自分の人生観、生命観に置き換えて語っており、大いに共感を覚える。

生命倫理に関する社会的コンセンサスにも本書発行以来かなりの変化があったことが認められる。「自分のいのちは自分のもの」という原則に、社会的理論も、あるいは実地面も近づいていると思えるのは喜ばしいことだ。

（87年6月発行）