暗号解読 サイモン･シン 新潮社
350年間未解であったフェルマーの最終定理を、1995年にワイルズが遂に証明するに至った経緯を軸に、数論とその歴史的変遷を一般の読者にも分り易く説いたサイモン･シンの「フェルマーの最終定理」は、本欄でも取り上げたが中々の好著であった。（http://www.snu.ne.jp/~takabaya/syohyz010.htm）
そのサイモン･シンが今度は「暗号」に挑戦したのが本書である。前著もさることながら、今回も、著者の豊富な知識、理解力とともに、このような知識を一般読者にも理解可能に説明する文章力には驚嘆させられる。
有史以来、情報は人間の営みの中で重要な位置を占めてきた。政治や戦争においては、この情報がその死命を制してきたとさえいる。それだけに、人はその情報を暗号として秘匿しようとし、又、その暗号を復号することで敵を上回ろうとしてきた。
暗号作成者と暗号解読者の知的な攻防は、まさに人類の知力の到達した最高領域で行われているといえるのだ。
暗号の歴史の中に浮かび上がるこのようなドラマの対象は、暗号作成者と暗号解読者のみではなく、正に暗号によってその運命を左右された個人、国家の広い範囲に及ぶ。
太平洋戦争における日本軍の敗退には、日本側の暗号が米国には筒抜けになっていたことが大きく影響していることは良く知られているが、スコットランド女王メアリーの処刑にいたる暗号解読の話などから始まり、暗号にまつわる歴史、エピソードは豊富だ。
カエサル暗号や、ドイツ軍のエニグマ暗号機がどのようにして解読されていったのか、RSA暗号、PGP暗号の仕組みとその攻防といった暗号自身の解説と、更にはヒエログリフ、クレタ島の線文字ｂなどの古代文字解読はどのように行われたかといった部分には、大いに知的興奮をおぼえることだろう。
暗号の重要性は、ネット化が進むにつれて益々高まっている。電子市場においてはネットセキュリティー不可欠な基盤だが、それは「暗号」が電子化社会の帰趨を握っているといいかえることもできる。
本書では、現在話題の「公開鍵」「個人鍵」による暗号化とは実際にはどのようなものなのかを分り易く解説されている。
更に、暗号の未来の到達点としての量子コンピューター、量子暗号へと情報社会の未来にまで言及されており実に内容が濃い。
（01年7月発行）