イスラームとアメリカ 山内昌之 中公文庫
9月11日の同時多発テロ以来、イスラームに関する書籍の売れ行きが好調だそうだ。世界の三大宗教の一つでありながらも、西欧あるいは日本人にとっては馴染みのないイスラームに対しての関心はいやが上にも高まっている。エジプトに二年ほどいたし、それなりに興味をもってもいたので、イスラームについては多少の知識はあるつもりだったのだが、今回のテロが果たしてイスラームとどう関係しているのか、あるいはしていないのかは、自分にもさっぱり想像がつかない。そんな訳で今評判の本書を手にしてみた。
本書の大半の論文は90年前半に書かれたもので、文明論、文化論が本書のもともとの主旨であり、今回のテロ事件で再販されたものの、内容は決して際物ではない。
日本のイスラーム研究の第一人者が、ハンチントン「文明の衝突」、フクヤマ「歴史の終焉」、あるいはトクヴィル「アメリカの民主主義」等々の文明論において、イスラームがいかに西欧において誤解と偏見を持ってとらえらえているかをかかげ、今回の事件の遠因ともなりうるイスラーム内の西欧に対する反発などについて、詳しく論考したものであってその視点は興味深い。
我々はイスラームを一絡げにして考えがちだが、イスラームの内部は多様であり、そもそもコーランとはどのようなものであるかとの理解からはじまり、このようなイスラーム内部の、宗派、宗議の違いをしらずして「文明の衝突」的理論をすすめることは危険だが、現実には西欧を中心としたイスラーム論はそのような乱暴な解釈が意外とまかり通っている。
本書では、ロスアンゼルス暴動などにも触れ、米国における社会問題とイスラームのつながりを論考している部分が面白い。
ブラックムスリム運動を中心にして米国内にもイスラームは広がっているが、その伝播の素地には、白人中心社会としての米国という社会的背景があることなどをふくめ、この辺りはさらに掘り下げて欲しいとも思う。
しかし、イスラームの原理回帰と今回のテロとがどのように結びつくのか、それが果たして必然なのか、一部の過激派のはね返りなのかといった問題については、残念ながら読後も必ずしも理解が深まったとはいえない。
やはり、イスラームを理解するには、コーランを読んでみるしかないのかもしれない。
19世紀の思想家トクヴィルは、「あらゆる点を勘案しても、マホメッドの宗教ほど人間にとって忌まわしい宗教はない」といっているが、これが今も西欧社会の偏見の底流としてあり、その結果、今回のテロを引き起こすような西洋対イスラームの対立の構図が先鋭になってきているのかもしれないといったかすかなヒントのようなものを得る事はできたが。
（98年8月発行）