ジョゼフ・フーシェ シュテファン・ツワイク 岩波文庫
ツワイクの名著の一つである本書は1930年に書かれた。彼のフランス革命評伝では「マリー・アントワネット」が有名ではあるが、人物的に魅力に富むのは、寧ろ、「フーシェ」の方ではないだろうか。
フランス革命の初期においては、教会破壊主義者、急進的共産主義者としてその名を知られ、リヨンの虐殺者として王制派の弾圧を行ったが、王政復古時には鉄面皮にも敬虔なキリスト教徒、反動的警務大臣としてその権力を欲しいがままにした。
革命の初期から王政復古、ナポレオンの治世と、めまぐるしく変わる時の権力の側に変節しつづけた「サン・クルーの風見」フーシュのマキアベリスティックな生き方は、ツワイクならずとも大いに興味を引かれることだろう。
フーシェはただ卑屈に時の強者に追従しつづけた訳ではない。ロベスピエール、ナポレオンなどが没落を前にしている時の流れを巧みに読み取り、彼らとの権力の中での巧妙かつ狡猾な闘争を勝ち抜いて生き残った、賭博師的天才によって権力の座に踏みとどまり得たのだ。
本書が名著と言われる由縁は、もちろんジェゼフ・フーシェという魅惑的な人物の評伝が、フランス革命の貴重な歴史書となっていることもさることながら、ツワイクという天才の、人間洞察の鋭さによるものである。
又、本書は昭和26年に、高橋禎二によって翻訳されているが、ツワイクの畳み込むような文章を、実に重厚な日本語に訳しきった当時の日本の翻訳文化の程度の高さにも、感心させられる。
（79年3月発行）