獏の食べのこし 中島らも 講談社文庫
重度のアルコール依存症に陥った経験を中島らもが語るテレビドキュメントを見た。作家という生活の自由度が、何時でも酒を飲めるという環境を生みその結果アルコール依存症になっていったという。アルコール依存症に対する世間の目は厳しく、同情を得られる類の病気ではないが、本人の苦しみは筆舌に尽くしがたいものであるようだ。死の淵までさまよい、漸く生還したといった感じの中島らもの体験談には、鳥肌が立つような思いがしたものだ。
文才という才能に恵まれたが故に自由人という地位も得たが、それと同時に、酒にすがらなければならない焦燥に襲われるとしたら、彼のような才能を持つということも残酷な運命といえるかもしれない。
中島らもの作品は余り読んだことがなかったので、あのテレビ番組をきっかけに読んでみたのが本書である。
あの番組のイメージを浮かべながら読むと、彼の才能の豊かさに感心させられると同時に、アルコール依存症に罹る人らしいメンタリティーも何となく分かるような気がした。
本書はエッセー集であるが、エッセーとしての作為といったものを感じさせず筆者の体温とか息遣いを自然に感じさせるものがある。
題材は彼の生立ち、友人、人生観、趣味や性癖といったものであっていずれも肩肘張ったものではない。
昼日中からそば屋で酒を飲めるほどの「自由人」としての視点は、一般の人が持ち得ないものでもあるから、それ自身が興味をひかれるものがある。
「悪趣味について」の一章では、「変装」「尾行」「覗き見」を生涯の趣味にしようと思っているとの書き出しで、それぞれ淫靡さとか、犯罪性のスリルといったことが述べられているが、正に、「自由人」ならではの発想ではないかとも思った。
（93年1月発行）