東大落城　　　　　佐々淳行　　　　　　文春文庫　　　　　

昭和40年代前半のあの騒然とした世情はいまやノスタルジーで語られるしかなくなってしまった。

例えばあの全共闘運動と東大安田講堂の攻防戦にいたる闘争は何であったのかは、思い出話ではなく、しっかりと総括されていなければならないのにもかかわらずである。

特に東大全共闘は、あの安田講堂攻防の前夜に既に東大構内から逃亡していたし、その後、あの闘争自身を総括することもなかった。そのことが、今や当時の全共闘世代が、ただ単に思い出ばなしとしてしかあの運動を語ることが出来ない最大の理由であると著者はいう。

著者は、あの安田講堂の攻防の際に機動隊の指揮に当たる警備第一課長であった。その攻防の72時間とそれに前後するいわゆる全共闘時代のドキュメントをつづるとともに、警備した側からあの時代を的確に総括している。

全共闘運動の原動力は、東大・日大を中心とする大学側の権威の腐敗と無能力に対する正義感であった。しかし、その権威打破への怒りの行動、即ち反権力闘争であるはずの全共闘運動は、内包的に体制に対する甘えの構造をもっていたと著者は鋭く分析している。

安田講堂に最後まで残った学生達が逮捕に迫る機動隊に「乱暴をしないで下さい」と言ったというエピソードなどに、この似非反権力闘争の本質が表れているのかもしれない。

あの時に全共闘運動に参画し今や社会の中枢にいる多くの人々が「今どきの若い者はーー」と説教をたれる醜悪さを痛烈に批判できるのは、当時の体制側、反体制側という違いではなく、何れの側にあろうとも、やはり著者のような当時から「信念」を持ち、これらの闘争に参画した者のみである。

「危機管理」が叫ばれている今日、まさに危機管理の原点である安田講堂事件を振り返る意義は大いにあるとおもう。

（96年1月発行）