梅原猛の授業　仏教　　　梅原猛　　　　　　朝日新聞社　　　

76歳になる哲学者は、一度、小中学生に対して宗教について教えたいと思っておられたという。白紙ともいえる状態の小学生、あるいは中学生に物を教えるということはまさに「教える喜び」の醍醐味といえるだろうが、又、それと同時に、教える者自身が教えられるということが多いのだと著者は言う。

本書は、洛南中学において著者が12回に亘って行なった「仏教」の授業をまとめたものだが、教える側の熱意がひしひしと伝わる名授業である。

分かり易く、宗教の必要性、仏教の要諦を語りかけ、又、老哲学者が今、仏教をどのように考えるに至ったかという経験を語るという訳だが、中学生以上、いや寧ろ成人にこそこの種の授業は必要といえるかもしれない。

宗教は道徳にとっては必要不可欠なものであるということを、「カラマーゾフの兄弟」を引くことによって分かり易く解説し、あるいは、日本仏教を明治以降に支えたのは仏教界ではなく、多くの文学者達であったことを、宮沢賢治の作品とその生涯を説くことによって語るなど、幅広い見識のある哲学者ならではの好授業である。

一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教の他宗教排斥的な面が、現在の世界の多くの紛争の原因になっているのではないかという指摘から、多神教の仏教、あるいは森の神々と仏教との融和である日本仏教こそが、これからの世界平和にとっては必要ではないかという指摘など、文化論、文明論的な側面からも面白い。

確かに、宗教が必要か否かについては、この授業で著者のいう通り必要であるという意見に賛同できる。

但し、宗教を信じるということは何れにせよ神の存在を信じるということであるが、この授業においては、「神がいると信じた方が都合が良い」とのみ語られているように思うのは、自分が無信心者だからだろうか。

宗教、特に仏教の教えは神、仏、といった者に対する信仰というよりは、生きていく為の案内書的に考えるべきなのではないだろうか。

その意味でも、授業の中で何度か唱和されている次の願文には感銘を受ける。

　　四弘誓願（しぐせいがん）

　　衆生無辺誓願度　　（苦しんでいる多くの人を救いたい）

　　煩悩無数誓願断　　（煩悩は限りないがそれを断とうと努めよう）

　　法門無尽誓願学　　（学ぶことは多いがその全てを学びたい）

　　仏道無上誓願成　　（無上の仏の悟りを成し遂げたい）

（02年2月発行）