悲しみの精神史 山折哲雄 PHP研究所
月刊誌に約２年間にわたって掲載された随筆集である。取り上げられているテーマは、著者の広い知識と碩学をもって実に広範にわたる。万葉集、源氏物語、宮沢賢治、啄木、鴎外、井伏鱒二の評論が繰り広げられるので、本書の表題になっている統一テーマにこだわると多少は、散漫な随筆集と思えるかもしれない。
本書の表題に掲げられている「悲しみの精神史」とは、日本の古来の、そしてつい最近までの日本特有のものとしてあった精神風土とは、その根本のところに「哀しみ」あるいは「恐れ」といったものが流れているというものだ。著者によれば、日本固有のものと言われている「風雅」とか「わび、さび」といったものは比較的に新しい精神構造であり、またそれらの感覚の底流をさぐれば、やはり「悲しみ」と言う精神構造に裏打ちされているという。
そういった目で、この評論集をあらためて見てみると、カーバーされた範囲は広いが、確かに統一テーマにそったユニークな評論、随筆であることがわかる。
勿論、毎回取り上げられている個々のテーマは、それぞれに着眼や分析が鋭く、興味深いものだ。
古来優れた日本文学作品とは、決して他におもねることのない孤高な精神生活の産物である。孤高であることは即ち、寂漠の中に一人あるという寂しさ、哀しさの中にあるということであるから、日本の優れた文学は哀しみと直結しているし、彼等作者たちは寧ろ、その哀しみを楽しんでいたのではないかという、著者の分析には大いに納得させられる。
（02年1月発行）