波のうえの魔術師 石田衣良 文芸春秋
97年の山一證券の倒産、98年の長銀を中心とする大型の金融不安といった、まさに日本経済が破綻の瀬戸際にあった時代を素材にして、エンターテイメント性に優れた経済小説を書くという著者のもくろみは成功している。
巨大銀行や、有名生保がグルになって右肩上がりの土地価格の幻想を振りまいて多くの一般資産家に売り込んだ「変額保険」は、土地神話の崩壊とともに銀行の債権取り立てによって顧客に塗炭の苦しみを味あわせる結果となり、自殺者まで出すことになった。
金融再生法で国の手厚い保護を受ける銀行が、その一方ではこのような非道な行為を繰り返していたとなれば、物語の「悪役」としての資格は十分だ。
それに対抗する「善玉」は、就職浪人中でパチプロ生活中の青年と、老相場師というコンビをもってきたところが、この小説のエンターテイメント性十分なところであろう。
二人は折からの銀行危機に乗じて、銀行株の大相場を演出する。さまざまな合法、非合法な手を駆使して、この大銀行に取り付け騒ぎを起こし、その株の急落によって儲けようという訳だ。
素人にもわかり易く相場の知識が適度にちりばめられ、勧善懲悪の決まりごとも適度に入れられ、脇役として右翼やら、「銀行被害者の会」とやらが絡み、主人公の恋もストーリーに加えられるという具合で、娯楽小説のセオリーはきっちりと守られている。テレビドラマ化もされたということだが、エンターテイメント作家として、この人は中々有望なのではないだろうか。
悪徳銀行として描かれた「まつば銀行」のモデルさがしをしてみる必要はない。あの当時（今も？）、どこの銀行もこのまつば銀行同様の非道なことを行なっていたのだから。
（01年8月発行）