百鬼園随筆　　　　内田百閒　　　　　新潮文庫　　　　　　

飾りがなくその人の厚い人格がにじみでるような随筆というものは、ありそうでいて中々得がたいものだ。

内田百閒のこの随筆集は、昭和8年に上梓された当時から大いに評判となったものだが、まさに随筆のお手本のようなものではないだろうか。

その飄々とした文体から、いかにもすいすいと書き上げられたかの印象を与えるものの、勿論これらの随筆には相当な推敲の苦吟がなされてはいるのだろうが、それを感じさせないのはやはり漱石門下の異才といわれた深い教養と文才に支えられたものなのだろう。

百閒の、この随筆に取り上げられた題材は、彼の悪癖であった借金の苦労話であり、又、独逸語教師としての日常や、交遊録といった雑多なものであるが、その底流に流れる百閒の人生への姿勢は確固としてゆるぎないものである。それは敢えて一言でいうならば、今でいう「自由人」としての生き方である。

淡々と事実を述べることを積み重ね、自らの感情をも第三者的視点から描写する独特の文体だが、寧ろその文体が百閒の心情をしっかりと描きだしている。

「悲しい」というのではなく「涙が出た」という表現の方が、余程、百閒の心を表している。そのような、淡々とした文章の中からは、又、なんともいえないユーモアや、洒脱さがかもしだされる。

それが、百閒が今から70年以上前に書いた随筆が、未だに繰り返し再版され、百閒ブームともいわれる現象が定期的に起きる理由であろう。

詳細はもう忘れてしまったものの、高校時代に百閒の「ノラや」を読んで、なんとも良い文章に出会ったと感激したものだが、何十年ぶりに又、百閒を読んで、当時を思い出し、百閒にひきよせられた。

本を読むことの楽しさを堪能させてくれる随筆と言える。

（02年5月発行）