一億三千万人のための小説教室　高橋源一郎　　　岩波新書　　　　

ＮＨＫの「ようこそ先輩」という番組で、著者は小学校6年生のクラスで「文学とはなにか」の授業をおこなった。まだ、文学とは何か、小説とはなにかについての固定観念を持たない、いわば白紙の子供達への授業を著者自身楽しんだという。

その時の授業内容をもとにして補筆し、「小説を書いてみよう」という主旨で再構成されたのが本書である。その意味では、小説をまだ書いたことのない人に、小説とはこんなに面白いものだから、書いてみなさいよと勧める、いわばパンフレットのような体裁になっている。

冒頭で著者は、「小説教室」や「小説の書き方」を読んで小説家になった人が一人もいないという事実をかかげ、その理由としては結局小説家は「小説の書き方を一人でみつけるしかない」のではないかと語っている。

しかし、著者は、その前提にたちながらも、小説の書き方を一人でみつけるためには、どういうことがその手助けになるかについて、小説を愛する者として（読み手として、又、書き手として）あとへ続くであろう人々に真摯にしかも易しく、参考意見を述べたのが、この「小説教室」だ。

おそらく、小説家はそれぞれに、小説はこうやって書くべきであるという秘訣を持っているのではないだろうか。しかし、その秘訣は千差万別だし、言葉で言い表したり、マニュアル化したりはできないものなのではないだろうか。

その意味では本書は、あくまでも高橋源一郎流の「小説を書く心構え」を述べたものと考えればよい。

小説を書くためには、小説を読むことによって小説が如何に面白いものかをつかみ、先ず、赤ん坊のようにそういった名作をまねること、又それによって、小説に深く入り込むことが大切で、そうすれば小説がおのずから、湧き出してくるのだという。

小説の技法などに深く触れているわけではないが、小説を書く心構えの一例として大いに参考になるのではないだろうか。

（02年6月発行）