西田幾多郎の思想 小坂国継 講談社学術文庫
高校時代、倉田百三に夢中になったことがある。「出家とその弟子」「愛と認識との出発」等に述べられた仏教思想にもとづく人生、愛、善などの意味、宇宙観や哲学といったものが、我が人格形成に与えた影響は大きい。
そのころ、倉田百三の思索に大きな影響を与えたといわれる西田幾多郎の「善の研究」にも興味を持って挑戦した。主客未分、純粋経験、絶対無、といった難解な用語に戸惑いつつも、極めて東洋的でありながら、今まで聞いたこともないような独創的な哲学思想に、分からないなりに畏敬の念を持ったものだ。
西田哲学は、西洋的な論理構造とは異質の構造をもつ仏教思想を背景に、新たな哲学論理として構築されたものだが、このような思想は今も強く日本人の哲学の根本に横たわっている。
本書は、NHKラジオ講座において著者が行なった西田哲学の講義テキストをまとめたものである。一般の視聴者に向けてあの難解といわれた西田哲学を解説するとともに、西田幾多郎という哲学者の思索の道をたどろうとするものだ。だからと言って、決して容易に西田哲学が理解できるというものではないが、「善の研究」に直にぶつかったことのある者にとっては、かなりの部分で「目からうろこ」の感覚が味わえるだろう。40年ぶりの西田幾多郎は新鮮であった。
とはいうものの、西田の哲学の理解は極めて困難な作業になる。本書を手にしてから、読了するまでに1ヶ月を要したが、それでも一体、著者の伝えようとした西田哲学のどれほどを理解できたかは、全くと言ってよいほどに自信がない。
西田幾多郎の哲学体系は、ほとんどが一から彼が打ち立てたものだけに、他の哲学者の業績研究をしてもその理解の手助けにはならない。敢えていえば、仏教哲学や、鈴木大拙の著作が参考となるのかもしれないが。
その業績は思索のみから生み出されたものでなく、自らの求道者としての厳しい参禅の経験に裏打ちされている。「絶対矛盾的自己同一」の論理とは、自己と世界を対立的に見るのではなく、自己と世界の同一性を説くものであり、また、「一即多、多即一」の考え方も西洋的な二元論を否定し仏教の「色即是空空即是色」の思想と同質の考え方にもとづくものだ。
尚、最終回の第25回において「西田哲学と地球環境の問題」として、現在の地球環境問題を考える視点として西田の「物となって見、物となって行なう」の考え方が、自己を中心として環境を考えるのではなく、環境の側にたって環境を考えるという視点と一致することが説かれているが、西田哲学の普遍性の指摘という意味で実に面白いと思った。
（02年5月発行）