夢は枯野を 伊集院静 講談社文庫
競輪というギャンブルの持つ独特の雰囲気を描きだした中々印象に残るエッセーだ。競輪は約4000人の選手が競い合い、それらの選手達がラインといわれるいわばチームを組みながら、勝負を争う。その人間関係の機微と駆引きに競輪という勝負の推理の真髄があるのだとか。この人間模様の推理こそがギャンブルの本質だと、競輪の魔力にとりつかれるファンは多い。
さらには、競輪ファンといわれる人々にも、それぞれの人生があるとなれば、確かに競輪を人生の縮図と捉え、この作品のような一種独特の哀愁の漂うエッセーの分野も成り立ちうることは納得できる。
雑誌社の企画で、作者が全国の競輪場を巡り歩いた、いわゆる「旅打ち記」である。競輪を追いかけて全国を旅し、夜はそれぞれの開催地の温泉や、花街で競輪談義に花を咲かせつつ飲むとなると、まさに、ギャンブルファンにとっての憧れの旅でもあるのだが、同時に、それが何となくアウトロー的でアンニュイな雰囲気を漂わせている。
その旅の道連れとして、あるいはギャンブラー仲間としての、阿佐田哲也、加納典明といった人々、あるいは作者と親しい競輪選手「鬼脚」井上茂徳など多彩な人々がこのエッセーには登場する。競輪の旅打ちと、人生という旅のおりなす機微が中々見事に描かれており、又、競輪観戦記、ギャンブル収支記録的な臨場感もあって面白い。
勝った負けたのギャンブルの世界を題材にした割と香りの高い作品は幾つかあるが、この作品はその一つかもしれない。
ギャンブルの世界が、意外と詩的で情緒に溢れる世界に思えてくる。
（94年12月発行）