天国までの百マイル 浅田次郎 朝日文庫
自分の会社を倒産させてしまいそれが原因で妻子とも別れ、その妻子へ収入の全額である月額30万円の仕送りを続けている主人公は、ある日心臓病で入院する母の病状が極めて深刻であることを知る。
会社の倒産騒ぎの際にかなりの迷惑をかけてしまった商社部長の長兄、医者の次兄、銀行支店長夫人の姉は、いまやうらぶれた弟からの母の命を救いたいという声に冷淡だ。
唯一母が助かる可能性は、100マイル先にある海辺の町の天才外科医に手術をゆだねるしかない。主人公は、衰弱した母をワゴン車に乗せてその病院を目指す。
そのような設定の中で、主人公の同棲相手である「ブスでデブ」を自認する不幸な生立ちをもつが明るいマリというホステスの、いじらしい主人公に対する想い、別れた妻にできた愛人に懊悩する主人公、といったさまざまなエピソードが重なり、いつもながらのエンターテイナーとしての浅田小説がテンポ良く展開する。
女手一つで四人の子供を育て上げた母の介護の問題、出世競争の中で必死にもがきつづけ、どうにか幸福を手にした今となっては母親との貧しかった過去を忘れようとしてしまう主人公の兄姉たち、あるいは医学界における権威主義の蔓延とその中で苦悩する医師たちとといった、かなり深刻な問題を巻き込み ながら、しかも男と女のなんとも物悲しい恋心を描き、ほのぼのとする大団円となる。
楽しませる小説家としての作者の力量は相変わらずだ。
（00年11月発行）