仏陀のいいたかったこと 田上太秀 講談社学術文庫
釈尊は今から2500年ほど前に生まれ、80歳で没したといわれる。後世、釈尊は仏教教団の教えの変遷に伴い、神、あるいは仏としての絶対的存在であるかのようにも解釈されるようにもなるが、彼は一人の人間であり、神や仏といった神性をもった存在ではないという点が本書の先ず原点にある。
釈尊は今から2500年前に生きた卓越した哲学者であったという原点から、それでは人間釈尊が、どのような過程を経て、どのような思索の結果、到達した思想は何であったのかを解説しようとしたのが本書である。
その意味では元々仏教は「仏の教え」ではなく人間が「仏になるための教え」であったのだが、釈尊の没後、多くの弟子達そして、後の世の人々が書きくわえ、あるいは新たに加えていった思想が、現在の「仏教」を形作ったのであって、釈尊自身の思想とはかなり異なってきていることは否めない。
人間釈尊の思索そのものは、今現在、我々が「仏教」として知っている思想とは、かなり異なったものであることがさまざまに例証されており、興味は尽きない。
本書では釈尊の教えのオリジナルなところを、シンプルに分かり易く説いているが、釈尊の教えは決して複雑、難解なものではないことがよく分かる。人間の平等性などの思想には現代を超えるほどの革新性に溢れたものであることにも驚かされる。
釈尊の考え方は「合理的」という特長がある。例えば、釈尊は過酷な修行や断食は、体を痛めつけるだけで意味がないと説いた。又、悪業を「行なうな」とはいわず「遠ざかる」ことを勧めた。一切の悪業を行なわないということ自身が不可能であることを充分理解し、その中で、「仏陀になる」ように努めるには、どのように振舞えば良いのかを示したのだが、それは釈尊も又、生身の人間であったからこそ達した教えなのだ。
全体を通じて平易な文章である一方で、内容的には仏教哲学の真髄まで解説しており、内容の濃いい一冊だ。
（00年3月発行）