調理場という戦場 斉須政雄 朝日出版社
三田にあるフレンチレストラン「コートドール」のオーナーシェフである著者は、若き修行時代に日本の古い料理界の制度の中では思い通りに料理修行ができないことに失望し、23歳の時に渡仏して以後12年間の間に、フランスの有名料理店６店で修行を重ねた。もちろんそのフランスも修行環境は厳しいものだったが、12年間の間に6店で働き、料理人として何かを学びとる日々は有意義なものであった。
本書は著者がその修行時代を振り返るとともに、料理人としての人生を歩もうとする後輩たちにフランスで学んだ料理に対する心構え、あるいは料理人人生の心構えを語ったものだ。
素材の組み合わせ、ちょっとした火の加減の違い、調理法によって料理は千変万化する。その中には料理人の無限の創造を可能にする世界がある。そういった奥の深い料理の世界に対する尽きることのない著者の好奇心と探究心が伝わってくる。
日本においてもフランスにおいても、調理場とはそのような無限の創造を生み出すアトリエであるとともに、料理人の創作意思を主張しあう戦場であるという実感も伝わってくる。
興味深いのは、技術的にあるいは料理の感性において著者が他のフランス人料理人と同等なレベルに達しても、そこにはやはり日本人であるという周囲の目があり、超一流のシェフという評価には至らなかったといっている点だ。
どんなに優秀なすし職人であっても、外国人の寿司職人には周囲の見る目があり、トップにはなれないと同じように、フランスでは「日本人」であることが、ガラスの天井のようにフレンチシェフとしての著者に覆いかぶさってくることは現実であろう。しかしそれを、日本人に対する差別だといった考え方ではなく、自然に受け入れている著者の考え方は、やはり本場で12年間の実地の修業をした人ならではのものだ。
ところでそう考えてみると、「日本の有名フランス料理店の日本人シェフ」というものは一体どういう存在なのだろうか。「パリの有名すし店のフランス人すし職人」の裏返しのようなものなのだろうかと、ふと考え込んでしまった。
（02年6月発行）