メトロに乗って 浅田次郎 講談社
戦後の闇市から身を起こし今や巨大コンツェルンの総師となった父と絶縁し今はしがない営業マンをしている主人公が、ある日地下鉄の駅の階段を上がって行くとそこには、30年前の風景が広がっていた。
しかも、それは父と衝突した兄が地下鉄に飛び込んで自殺する数時間前の情景なのだ。もしここで兄の自殺を止めることができれば、自分の、そしてそれがもとで父とも別れてしまった母の人生も大きく変わるのではないだろうか。と、いう具合にSF調の物語ははじまる。
SFのタイムスリップという設定は、物語作りには便利な玉手箱のようなものではあるが、過去と現在が電話では繋がっていたりと微妙なトリックも用意されていて物語展開に深みを与えている。
主人公は地下鉄に乗るごとにタイムスリップを経験し、過去と現在を何度も行き来する。満州に出征する父と、そしてその父に千人針を送る母に再会したかと思うと、次には満州の地で逃げ惑う民間人を果敢に救う父と会い、そして次には闇市で勢力的に働く好漢としての父とも会う。
この不思議なタイムスリップ経験は主人公だけではなく、彼の愛人も巻き込まれていく。物語は父に対する息子の複雑な愛憎、あるいは愛人の究極的自己犠牲の愛をテーマに意外な展開をみせる。浅田次郎初期の出世作とのことで、いささか物語りが広がり過ぎて、やや書き足りていない感じがしないでもないが、大いに楽しめる。
（99年12月発行）