梟の城 司馬遼太郎 新潮文庫
司馬遼太郎は31歳で作家活動を始めたが、その3年後の34歳の時に、この「梟の城」で早くも直木賞を受賞した。作家の野坂昭如はその作家生活の回顧の中で、当時この作品を読んでこのような力量をもって小説を書ける作家がいることに驚嘆したと言っている。確かに、のちに国民的作家といわれた司馬遼太郎の、仕事量の多さには驚かされるものがあるが、この作品も娯楽小説ではあるものの、その筆量には圧倒される。
やや趣は違うが、吉川英治や、大仏次郎あるいはこの司馬遼太郎といった作家の凄まじいとまでいえる創作エネルギーは一体どこから生まれてくるものなのだろうか。
その司馬遼太郎はデビュー当時、娯楽作品である剣豪小説を書いていた。この作品はいわゆる忍者ブームの口火を切ったといわれる「忍者小説」だ。
伊賀の忍者、葛籠重蔵は、織田信長によって一族を惨殺された怨念から、秀吉暗殺にその忍者としての精魂を傾ける。伊賀忍者同士が、敵味方に入り乱れ、そこに甲賀忍者団が複雑に絡む。それぞれの忍者の背後には、秀吉の天下の後を狙う家康があり、又、それを防ごうとする石田光成がありと、実に複雑な権謀が渦巻く展開となる。
さらには重蔵を慕う二人の女忍者、甲賀の小萩、伊賀の木さる、との恋の確執や、忍者としての掟と恋の狭間で悩む重蔵と女たちの心の葛藤も、この物語の太い柱となっている。
重蔵とそのライバル風間五平との技を尽くした死闘、甲賀忍者軍団との死闘、そしてクライマックスの伏見城の秀吉寝所への侵入と、息もつかせない展開だ。
忍者としての道を貫くか、あるいはその道を捨てて、自分を慕う女との平易な暮らしをもとめるかという重蔵の悩みも、この物語のメインテーマだ。
のちに「坂の上の雲」や「竜馬が行く」などの多くの歴史小説を、驚くほどの筆力で書き進めた作家の筆力はこの当時から、驚嘆するほどのものであったことが、よく分かる。但し、読む側にも相当な体力、気力がないとちょっと疲れてしまうというところは、司馬作品に共通する難点ではあるが。
（65年3月発行）