山で死なないために 武田文男 朝日新聞社
日本アルプスは3000メートル級でしかないが、冬山の自然条件の厳しさは8000メートル級のヒマラヤよりも過酷であるとさえ言われる。
その厳しい自然の中へ、山好きといわれる人たちが気楽に挑戦し遭難すると言った事例が繰り返されていく。又、本来自然との対話を求めるために、山に入っていくはずの山好きたちが、余りに大量に押し寄せるために、日本の山の自然は破壊され、踏み荒らされた山道は、落石などの事故の原因となるなどの、悪循環を繰り返している。
本書の発行は90年であるし、その内容は著者が朝日新聞紙上で60年代から80年代に発表した登山を取り巻くさまざまな問題提であるために、これは過去の問題であるように思いがちだが、本書で取り上げられたさまざまな登山を取り巻く問題は、現在もより鮮鋭に顕在化しているのではないだろうか。
所詮、山に登るという行為は、個人の趣向の問題であるはずであり、すべてが自己責任に帰するべきものなのだが、遭難ともなれば、救助のために多くの人の手を借りることになるし、その救助のために命を落とす人も出てくるといったことによって、社会的問題ともなってしまう。例えば、高校山岳部の顧問の教師が遭難の責任を追及されて訴追を受けるとなると、これもまた、単なる趣味だとか、個人の趣向の問題とは言っていられない社会的矛盾を浮かびあがらせることになるのだ。
山を取り巻く問題は実に多く、山を愛する著者の視点は、現状に対する嘆きが主ではあるが、中々に鋭い。
利己的な目的のために周囲に迷惑をかけても恬として恥じない多くの「山男」達、「山男」の代表のように言われ美化されることの多い山小屋の経営者が、実は儲け主義の権化のような存在となって、山の自然を破壊している実態などを読むと、山登りがそんなに憧れるような美しいものではないようにさえ思えてくる。
(90年10月発行)