ジャカランダの頃 武石宏美 私家版
第一線商社マンとしてアフリカで活躍中の彼と、彼女が始めて遭ったのは、彼が一週間の一時帰国をした時だった。初対面の次の日にプロポーズを受け、彼がアフリカへ帰任するまで毎日デートを続けた。2ヶ月後に結納、更に2ヶ月後には式を挙げるという目まぐるしい展開ののちに、彼女は新郎の任地、ナイロビへと赴く。日本とは全く異なる環境のアフリカの地で彼女の新しい人生がはじまったのだ。
それからの9年間、さまざまな出来事があった。戸惑いながらも気丈に駐在員夫人として夫を支える妻。アフリカの自然は雄々しく、又、ジャカランダの花のように美しい。二人の子供に恵まれた。その間に義母の死といった辛い出来事もあった。その一日一日が思い出深いものになっていく。
その後、商社を取り巻く環境は激変し、夫君もその奔流に見舞われることになるのだが、彼女の夫を見つめる目は常に愛情に満ちている。そして、夫、博之氏は突然のように悪性リンパ腫という非情な病に襲われる。急激に衰えながらも懸命に病と闘う夫と、その夫を必死の思いで支える妻。もう、間もなく二人の待望の家が完成するというのに。二人のあの出会いの日から9年後、彼は39歳の若さで旅立っていってしまう。
本書は、その商社マン、武石博之氏の夫人宏美さんが二人で駆け抜けた9年間の思い出を綴った手記であり、この夏に自費出版されたものだが、私的な手記という範疇を越え、普遍的な感動を呼ぶ内容を備えている。
それは、博之氏と知合い、結婚し、夫のよきパートナーとしてアフリカでそして日本で精一杯の奮闘を続けた彼女の、飾ることのない真摯な文章にこめられた愛情によるものだ。彼との出会いからの9年間が、実にドラマのように展開していく。フィクションではない世界にこそ真実のドラマがあるということを本書で再認識した。その感動的なドラマ性は、著者のやわらかい文章もあるが、やはり、夫君への尽きせぬ愛情と、追慕の思いが醸し出しているものだ。
（02年8月発行）