血族 山口瞳 文春文庫
小説家は小説を誰の為に書いているのだろうか。一般には不特定多数の読者を想定してそれらの人々に読んでもらうことによって何がしかの代価を得るためだとも考えられるのだが。
しかし、この小説は山口瞳自身が自分のために書いたのではないかとさえ思った。彼自身が大正15年1月19日に生まれたが誕生日は11月3日であり、彼には一つ違いの兄がいるというその出生に隠された秘密を、彼自身が追うことからこの小説ははじまる。母がかたくなに語ろうとしなかった作者自身の出生の秘密と、そして遊郭の経営者一族であった母の一族の秘密。
人は50歳にして自分とそして自分の血に対して知りたいと思うのだというが、まさに、そのような衝動こそがこの作品が書かれた動機である。
赤裸々に、自分の血族の秘密を追うこと、そしてそれを作品として発表することは、いわゆるモデルの人格権を損なうことにも繋がる部分もあるが、この作品が書かれた70年代には、その辺りは問題にならなかったのだろうか。
美しく覆い隠しておきたいそういった自分、あるいは血族の恥部ともいえる部分を、ここまで大胆に書き発表することは、やはり、この作品が作者自身のために書かれたと思う以外、到底その創作意図を理解することができない。いやはや、作家という仕事も何とも辛い仕事のようだ。
（82年2月発行）