さようならコロンバス フィリップ・ロス 集英社文庫
この小説はフィリップ・ロスの処女作であるが書かれたのは1959年、作者が26歳の時である。当時のアメリカ東海岸におけるユダヤ人社会の様相を背景にした自伝的な恋愛小説、まさに一夏の恋の物語である。
今、これを読み返してみるとさながら50年代の古きアメリカを舞台にした映画をみるようで、なんともいえないノスタルージックなものを感じるのが不思議だ。
主題となっているのは、貧しいユダヤ家庭に育った青年の一人称で語られる、裕福なユダヤ人家族の娘との出会いから別れまでの変哲の無い恋愛なのだが、第二次大戦終了から10数年しかたっていないアメリカ社会の雰囲気、若者達、そしてその親の世代の性に対する道徳観、あるいはアメリカユダヤ人社会における宗教観といった背景描写が、さりげないながら実に巧みに書き込まれており、この一夏の恋愛物語に、厚みを加えている。
世界にも例がないほどに「自由」な社会となったアメリカだが、その自由にともなう自己決定の重さ、あるいは自由が溢れれば溢れるほどに、寧ろ強く感じられる、宗教や家族、あるいは身分の違いといった束縛要因といった点が、この作品から浮かび上がってくる。あの50年代にアメリカがもっていたこのような問題は、現在のアメリカにもそのままの形で残っているのではないだろうか。
ノスタルジーとともに、ドライサーの「アメリカの悲劇」を読んだ時のような、鮮烈な印象とアメリカのもつもの悲しさも感じた。
もはや、古典といってよいアメリカを代表する恋愛小説といえるだろう。
（77年5月発行）