巨象も踊る ルイス・ガースナー 日本経済新聞社
アメリカのスター経営者には、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスのように起業家として成功した者も多いが、衰退しつつあるかつての名門企業を再生させたとされる、GEのジャック・ウェルチのようなタイプの方がどちらかと言えば人気は高いのではないだろうか。
それは、新興企業に働く人よりも、既存の名門企業といわれるところで働く者の方がはるかに多いということのみならず、「かつての米国の栄光を守った」いわば愛国者的な尊敬をこれらの経営者が受けるからではないだろうか。
その意味では、「アメリカの宝」とまでいわれた名門企業IBMを瀕死の淵から蘇らせた本書の著者、ルイス・ガースナーへの賞賛は飛びぬけたものといえる。
1993年に彼が巨大企業IBMに乗り込んだ当時、同社はあたかも絶滅に瀕した恐竜のように語られて実際、滅亡は必至の状況にあった。
はびこる大企業病、方向性を失った幹部達、既得権にのみしがみつく従業員という手のつけようのない状況を、ガースナーがいかにして変革し、そして再び、世界に冠たるアメリカを代表する企業に再生させたかが、ガースナー自身によって、その生涯最初にして最後の著作として著されたというのだから、注目度は抜群だ。
ガースナーは、マッキンゼーで経営コンサルタントとしてそのビジネスキャリアをスタートさせたが、忽ち頭角をあらわし、その後、アメリカン・エキスプレス、RJRナビスコCEOを経て、IBMにCEOとして迎え入れられた。
彼がIBMに入った当時の、IBMの惨憺たる状況がまず語られる。長年培われたIBM王国とも言われた独特の企業風土は、外部からの新参者であったガースナーにとっては驚くことばかりだった。
しかし、多くの読者は、こういった大企業病は何もIBMだけの問題ではなく、多くの大企業が実際に抱えている問題だと気付くだろう。要は、正しく問題を分析したあとは、その変革を実際に実行できるか否かに、成功した経営者と、ダメな経営者の分かれ目があることに気付くだろう。
IBMも当時、硬直した社内官僚主義、放埓に肥大し何層にも複雑に入り組んだ組織、個人の尊重という名のルールの不在といったものが蔓延していた。問題解消のための、ガースナーの苦闘が、ドキュメント風に描かれている。その文章は、全体を通じて、読み易く、又、物語性にもとんでおり、「痛快」とすら思えるものだ。
本書を成功者の回顧談として読むのではなく、IBMと同じような危機的な状況に陥り、復活のならない多くの企業が、何故、復活できなかったのかを知るための反面教師として読むと、更に面白いかもしれない。
例えば、ガースナーが当初、IBMの変革のために掲げた次の8原則、すなわち、
1.市場こそが、すべての行動の背景にある原動力である
2.当社はその核心部分で、品質を何よりも重視するテクノロジー企業である
3.成功度を測る基本的な指標は、顧客満足度と株主価値である
4.起業家を組織として運営し、官僚主義を最小限に抑え、常に生産性に焦点を合わせる
5.戦略的なビジョンを見失ってはならない
6.緊急性の感覚をもって考え行動する
7.優秀で熱心な人材がチームとして協力し合う場合にすべてが実現する
8.当社はすべての社員の必要とするものと、事業を展開するすべての地域社会に敏感である
のいずれもが、極めて当たり前のことと思える。
要は、これらの原則を本当に実行できた企業が再生に成功し、分かってはいても、リーダーに欠け、結局、実行できなかった企業が市場から消えていったということにほかならない。
尚、アメリカ型市場主義経済の申し子のように思われているガースナーが、実は、例えば、市場重視、株主価値重視とはいいながら、利己的な利益追求のみを目的化した市場や、近視眼的な株式配当や、キャピタルゲインを追い求める株主をも重視せよといっているわけではないという点にも注目すべきであろう。
やはり、名経営者と云われるガースナーには、その好き嫌いはともかくとして、経営に対する哲学があるということなのだろう。日本でそのような哲学をもった経営者がどれほどいるだろうかと思わないではない。
(02
年12月発行)