石に泳ぐ魚 柳美里 新潮社
山田詠美が「ベッドタイムアイズ」などで黒人男性とのセックスを題材にして話題をさらったことも記憶に新しいが、特異な体験や経験を題材にした小説は確かに注目を引きやすい。
柳美里のこの小説も日本社会のマイノリティーである在日朝鮮人という彼女の出自と、モデルとされた女性による訴えで本書の原著が出版差止となったという話題性、によって大いに注目を集めた。
本書は、出版差止になったモデルの描写を削除するなどして再構成した改訂版である。本編を読んでいないのでこの改訂版から、「表現の自由とプライバシー」という点についてコメントすることはできないが、いずれにせよ多くの読者は「裁判で問題になった作品」という好奇心から本書を手にするであろうから、その意味での話題性作りは成功しているのだろう。
この作品のもう一つのセールスポイントである、「在日の女性の視点」という点は、原著と変ってはいないのだろうと推測される。それはそれで、マイノリティーの視点という部分には興味を持って読んだが、これも特殊な体験という話題であるとしか読み取れない。日本の現代社会における、不安感、アンニュイ、といった雰囲気は確かに感じるもののそれを在日の女性という視点で更に深めることも可能であったと思うが余り成功していない。ちょっとリアルに描かれた少女漫画の域を出ていないようにおもえる。
かなりの才能に恵まれた女流作家という評価には異論はないものの、作者の置かれた特殊な境遇、出版での訴訟騒ぎ、という点を除いてしまうと、さほど特長のある作品とは思えないのは事実だ。
女流作家のみではないがこの種の特異性や話題性狙いの作品が割りともてはやされるという傾向ではあるが全体的なマンネリ感は否めない。そういえば、山田詠美は今どうしているのだろうか。
（02年10月発行）