山口瞳「男性自身」傑作選 山口瞳 新潮文庫
嵐山光三郎編による山口瞳の週刊新潮連載コラム「男性自身」傑作選。サブタイトルが「熟年編」となっており、山口瞳の50代半ばから68歳で亡くなるまでの「男性自身」から50篇が選ばれている。
３１年間続いたというこの名物コラムだが、後半の十数年部分だけを見ていても、山口瞳という一人の人間の歴史を見るような気分にさせられる。
サラリーマンを経験し、直木賞をとることでプロ作家へと転進し、徐々にその名声を高めていった人で、やはり際立った「文才」を感じさせる人であった。
デビュー当初は「江分利満氏」という、いわゆる市井のサラリーマン感覚がこの人の持ち味とされていたし、実際、そういう出自の作家として親近感を覚える読者が多かったのだとおもう。しかし、その内に段々と山口瞳は名声を得て本人が好むと好まざるによらず、世の中に「大作家」として認められるようになった。その時点で、山口瞳はもう市井の一「江分利満氏」ではなかったのだが、作者はそのギャップをどう感じていたのだろうかと思わないではない。
というのもう、実は既に「大作家」であるにもかかわらず、庶民派作家ならではの自虐的な小市民感覚に基づいて書かれる文章のいくつかには、今読み返してみると違和感を持たないではない。
死の病を得てからの最晩年の部分である「江分利満氏の優雅なサヨナラ」は今でも時々読み返すことがあるぐらい好きなのだが、この部分は、実際に最早トイレに自力で行くこともままならぬ状況を、恬淡と描いているなど再び山口瞳が大作家としてではなく「一市井人」として書いていることに共感を覚えるからだと思う。
この傑作選においても、後半部分には共感を覚える部分は多いのだが、50代の後半ぐらいでやたらと、自らの入れ歯だとか、物忘れだとか老人っぽく嘆いてみせる辺りは、作為的な自虐の中に漂うスノブぶったものを感じ余り好きではない。そういった点を含めると、やはり、この種の随筆としては内田百閒が、やはり、レベルは上だと思えてくる。
(03年4月発行)