あと千回の晩飯 山田風太郎 朝日文庫
齢７２歳となった著者が「いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろうと」思うところからこのコラムは始まる。さりとて、そんなに死が身近にあるわけでもないが、何かにつけて感じる自らの老いの症状に、戸惑い又、諦めもする。ありふれた老人の心境ということになるかもしれないが、こういう日常を山田風太郎がエッセーにすると、なんとも絶妙なものになる。
この、まさに徒然のままに書いたコラム「あと千回の晩飯」の他、山田風太郎の随筆を集めたものが本書だ。
このような老境にある人の随筆というのも、山口瞳やら、水上勉、ちょっと古いところでは、内田百閒などを思い出すが、この「戦中派」作家の随筆集はその中でも、光るものといってよいだろう。
取り上げられている題材は実に多岐にわたる。5時半から晩酌を始め7時には床につき、夜半におきだして朝まで仕事や読書をし、朝は梅干を肴に日本酒を飲んで又床につくという、何とも自由な生活を送る作家の日常、そして、次々に起きる、体の不具合といった話は、異次元の話でもあり、又、不思議と身近に感じないでもない。
戦中派であるという所為もあるのだろうが、様々な人の「死に際」に対する作家の知識は、自らがどうやって死んでいったらよいのかを悩む、一老人の興味からくるものとばかりはいえないようだ。
子規、漱石、荷風、あるいは吉田松陰は死の床でどのように振る舞い、そして実際にどのように死んでいったのかといった話には、自分はまだ、山田風太郎がこの随筆を書いた歳よりも20歳も下であるにもかかわらず、共感を覚えて読んでしまうのはどういう訳だろうか。
（00年6月発行）